UNLEARN/トランスローカル/ともだち。
ニュースレターが流行っていると聞いて久しい。欧米のメディアを中心に、個人で文章を綴る人を応援するプラットフォームが多く台頭した。物書き、ジャーナリストと呼ばれる人たちは、自分の考えをダイレクトに聴衆に届け生計を立てる手段が増えたようだ。
とはいえ、そんな手法で生計を成り立たせるほどの稼ぎを得られる人はごく一部だという。なんでも格差の時代。民主化したインターネットという平らなプラットフォームの上に待っている経済の現実は、割と勝ち組と負け組のコントラストが明白な残酷な現実だったりする。と、いう話は、いろんな局面で自分にはしっくりきている。
そういう環境の中。「流行っているし、ニュースレターをやってみよう・・・」みたいなのは、気が引ける。流れに負けた感じ。そういうことじゃなく、素直になろう。活動報告ってしたくないか?日々自分が考えていることを自分の脳内に留めておくだけではなく、時折誰かと分かち合って、会話をして、学びたい。勝手に自分が設定したルーティンです。
振り返ってみれば18歳の頃からずっとBlogを書いていた。自分なりの方法で世界と向き合う限り、文章は書ける。逆にいえば、書けない時というのは、それができていない時だ。日本語の文章を書くこと。自分”らしい”表現手法。そんな当たり前の事実に感謝して、毎月の終わりに、まるで経理課の月締め作業のような気持ちで、書いてみることにする。いつだって、なにかを始める時は、文章から始まっていたではないか、と言い聞かせて。
かっこいいニュースレターを書いているひとたちはたくさんいて。戦略とか設計とか、体系立ててできているように見える人たちがいる。それを見るにつけ、自分ならどうしよう?と問う。すると、なぜかこの文章が頭に浮かんできた。
座右の銘なんかじゃないけれど、体系だっていることよりも、荒削りの方が好きだ。むき出しの感情とか。怒りであれ喜びであれ、マンホールから湧き出てくる水の勢いみたいな、止められないやつ。ケルアックの文章でいえば、燃えて燃えて、燃える、炎のあの部分。
経理課の月締め作業のルーティンではあるんだけど、たっぷり熱いやつ。そういうものが、なんとなく自分がイメージしているもの?だ。Monthlyで着火する文章、みたいなことにしておいて。まずは気軽に始めてみよう。
初回。2021年10月。
“UNLEARN”という言葉。
”翻訳”というトランスローカル。
それから、ともだちの話。
“UNLEARN”
10月。こんな言葉を知る。論文のタイトルに”Rethinking”という言葉を採用していただけに、目に留まっていた。
UNLEARN。アンラーン。Adam Grantの最新著”Think Again”をパラパラと読んでいると、この言葉が頻出する。自分が昨今考えていることとシンクロして、気に入った。
UNLEARNの意味を辞書で引くと、以下のように出てくる。
〔学んだことを意識的に〕忘れる
〔知識・先入観・習慣などを〕捨て去る
立ち止まって考えたり、物事を深く考えることの大切さを説く話は多い。ビジネスのシーンでいえば、感性やアート的な思考を取り入れようとするブーム?も、基本的にはクリティカルに物事を考えることの話をしていると思っている。
それはごもっともで。みんなそうしたくて。でもなかなかできない。なぜ?おそらく、スペースがないのだ。立ち止まって考えたり、深く考える心の余白がないのだ。ぎっしり詰まっているから。頭なのか、体なのか、これまでの経験や学びの集積がところ狭しと占拠していて、新しいものを吸収するだけのメモリの残量がないというか。スマートフォンの時代、人間のメモリ残量を見つけるなり、情報というのは容赦なくその隙間を埋めるためにやってくる。
UNLEARN。”勉強しない”ってことじゃなくて、自分で学んだことを自分で捨てる、脱ぐ、みたいなこと。たとえば、10年働いて得てきた経験値やカンみたいなものを、一回リセットする、みたいなこと。
2020年以降、これまでの常識が常識ではなくなっていく今、Unlearnの大事さが妙に腹落ちしている。学べば学ぶほど、自分の経験や知性なんてものは大したことがなく、もっと大きな自然界とか他者との関わりあいの中での学びの方がよっぽど多いことを知ったからか。未知に満ちた世界を生きているということを忘れないため、Unlearningは重要です。そして、Unlearnができると、Learnをする余白が生まれて、楽しさがエンドレス。
“翻訳”というトランスローカル。
10月。ひとつ翻訳の仕事が始まった。とある日本人デザイナーが来年に韓国でプロジェクトをローンチするということで、そのプロジェクトの日本文をハングルにする相談を受けた。わたし一人では対応できないので、ソウルにいる友人に声をかけ、チームを組成して引き受けることに。
ハングルと日本語は、ウラルアルタイ語族というやつで文法的な構造がほぼ同じである。その上、単語も漢字をベースにしているものが多く、響きが似ている言葉、言い回しの表現がも似ていたりと、そんな地理的に近いこの二つの言語の共通点には日本に人にはよく知られている。加えて近年、飛躍的に発達した機械翻訳はこの二言語間ではかなり優秀に機能し、二つの言語の間を自由に往来する幅は格段と広がった。
一方で。細かいニュアンスが大事になる文章というのは、いつでも人間の力を必要とするものだ。手触りのある文章をまとめるにはまだまだ機械の技術では足りない点が多いらしく、今回はソウルでわたしが懇意にしている2名のアート関連の仕事をする仲間とチームを組み、取り掛かってみている。
この作業が、奥が深い。どこまで原文(日本語)に忠実な翻訳をつくるのか。どこまで読み手(韓国語)にとってナチュラルな翻訳をつくるのか。このバランスが、いわゆる翻訳家の技量とセンスが光るところだと思うのだけれど。その文化の”間”に立つ人の作風みたいなものが試される。ローカルとローカル、文化と文化を接続するところに、新しい文化が生まれる。どんな翻訳作業も、ひとつのCultural Encounter。あっちとこっちに橋をかける作業には再現性がないからおもしろい。毎回、違った橋がかかるという特徴がある。橋のかけ方も、大工さん次第で違ってくるというわけだ。
もしかして究極の翻訳のゴールというのは”新しい一つの文化をつくること”なのかな、と、思うようになった。そういう創造性のことを翻訳と呼ぶのかな、と、そんなことを考えた。翻訳の幅を広げすぎているかもしれないけれど。言語と言語の間を往来する、”翻訳”というトランスローカルな作業には、そういう楽しさが溢れている。
ともだちの話。
10月。もまた、たくさんのともだちとの会話があった。人生で大事な出来事の多くは、ほとんどは、ともだちが教えてくれる。
ひとりの旧友は、突然メッセンジャーで連絡をくれて、海外留学をしたい想いを打ち明けてくれた。二児の母の、心の奥底にあるマグマが湧き出る瞬間に触れて、こちらがエネルギーをもらった。火山が観光地になるのは、こういう心境からか。
今月新しくできた友人は、高校生。17歳?の彼はいま、NPOの代表をしている。WEBサイトを見て連絡をくれた彼は、ぼくと似た社会課題のテーマに取り組んでいて数名で活動をしている。年齢など取っ払い、イーブンな関係で話せる人になろうと心に決めた。
そうだ。今月はまた別の友人が、代々木八幡宮にこんなスペースをオープンした。静かに。
10月から、このスペースの一角を間借りしている。自分と向き合うのには最適な空間。新しいVacantの門出を応援しています。
序文が長めの初回。また来月もやってみます。この実験を応援してくれるあなたは、以下からぜひ。励みになります。